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ヤマメの生息する秋川の清流。今はめずらしいとされているカタクリ群生地が身近にあるあきる野市で生まれ、自然の中で走り回る元気いっぱいの少女期を過ごしました。お父さんがよく本を買ってくれ、本好きに。それは今日までずっと続いています。 |
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高校3年のときに行った広島の修学旅行。平和公園で聞いた被爆者の「語り部」のお話に大きな衝撃を受けました。原爆資料館のこげた弁当箱や皮膚がただれた人の写真を見て、「これが人間の姿か」と、戦争と平和を考えるようになりました。そして、この体験が日本共産党にはいるときの原点でもありました |
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高校卒業後、歯科医院でアルバイト。子どもの乳歯の下で永久歯が風船のような膜に大事そうに包まれて出番を待つレントゲン写真をみて、「子どもの成長にあわせ、大人の準備が始まっていることに感動しました。この可愛らしい歯の成長に少しでもかかわることができたらと思い、歯科衛生士の資格をとり、立川にある「相互歯科」に勤めるようになりました。 |
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歯科衛生士の仕事を通じて、医療制度の問題点、在宅介護の困難さを実感しました。「少しでも在宅患者さんが安心して医療にかかれるように」と2000年日本共産党にはいり、医療制度の充実を求める活動にも参加するようになりました。2001年に結婚、2人の男の子の母親となりました。
そしていま、子育て中のお母さんたち、病気で困っている市民の声を市政へと、まちを駆けています。 |