18年度第一回臨時議会 国立市平和都市条例案会派を代表しての討論
◯16番【長内敏之君】 それでは、この問題についての討論を行います。
 戦争はこの地上からなくさなければなりません。そのために私たちは考えられる限り、戦争をなくすためにあらゆる努力をしなければなりません。戦争反対、平和をつくる可能性のあるすべての運動は重要な意味を持ちます。市民が自主的に自分たちで考え、活動することは重要です。みずから信じる神仏に祈る人もいます。戦争の語り部として、悲惨な戦争の経験を次の世代に語ることを自分に課している人もいます。その運動は、その違いをわきに置いて、一致点で進めなければなりません。今大事なことは、憲法を守るという一致点で大運動を起こす必要があるということです。
 今回の条例の中心が、ジュネーブ諸条約追加議定書、これが一つの根拠になっています。日本共産党は、2004年、平成16年5月20日、衆議院159回武力事態等への対処に関する特別委員会で赤嶺政賢衆議院議員は、ジュネーブ条約第一、第二追加議定書は国連憲章によって戦争が違法化されながらも、現実に発生する武力事態紛争犠牲者を保護する国際人道法として、積極的意義を持つものであり、批准に賛成するものであります。しかし、政府がこれを有事法制整備のてこにすることは許されませんと賛成しています。このような国際ルールに賛成することと、今日本でこれをどのように具体化するかということとは、次元の異なる別の問題です。ところが、今回条例案は、まさにジュネーブ諸条約第一追加議定書59条に規定されている無防備地区を具体化するものとして提案されています。皆さんが注目したジュネーブ条約追加議定書は、国際人道法です。戦争に明け暮れる19世紀、20世紀の中で、人類は余りにも残虐な戦争を続けてきました。その中で不必要な残虐行為はしてはいけないという最低限の戦争のルールを定めたものです。戦争違法化の中心は、国連憲章です。しかし、それでも起こる現実の紛争の中で、まさにイラクという紛争の中に自衛隊が出かける状況の中で、批准に賛成したものです。
 日本共産党が、追加議定書批准に賛成したから、これを根拠に条例は賛成して当然だとか、あるいは反対に、戦争法である議定書に賛成したから、戦争を肯定したなどの論は全く見当違いです。そんなことはありません。ジュネーブ諸条約追加議定書は、当然条約ですから、解釈がいろいろあるというものではありません。条約の解釈は国際的にも、国内的にも確定しています。そうでなければ、条約としては成り立ちません。さらにその中で、新たな解釈を試みる学者もいるようですが、現時点で、それで条約を解釈したり、条例の根拠にすることは到底できるものではありません。ジュネーブ諸条約追加議定書は戦争のルールを定めたものであり、戦争そのものを違法とするものではありません。つまり、戦争は避けられないものとして、あるいは差し迫ったものとして、戦争が実際に起こったらどうするのかというものです。このことは、攻められたらどうするのか。みずから緊張の種をばらまいておいて、万が一、攻められたらどうするのか迫る、改憲勢力と同じ土俵に立つものです。この時代は、この戦争の選択権は、ある意味で国家が持っています。しかし、同時に平和な世界や社会をつくることができるのも国家です。自国を戦争へ導く可能性のある政府を選ぶのか、国連憲章や日本国憲法を全面に出して、平和な世界づくりを行って、絶対に戦争は許さない政府を選ぶのかは国民の決意にかかっています。
 人類の20世紀は二度の世界大戦をくぐり抜けました。今も3万発の原子爆弾が保存されています。万が一、世界大戦が起これば、間違いなく人類は滅亡します。同時に地球自体が破壊されます。国連憲章の第1号決議は、核兵器の廃絶です。ですから、何としても人類は、戦争を繰り返してはならないのです。戦争を起こさない運動が必要です。戦争を起こすのも人間だが、戦争を阻止するのも人間の力です。自分は戦争には参加しない。戦争とは距離を置く、という信条はわかりますが、平時に通用しても、戦争が一たん始まればすぐ戒厳令が整備され、発動されます。戦争が始まれば、国会は通過は簡単でしょう。一切の基本的人権は停止されます。それが戦争では当たり前に行われていることです。軍人と文民との関係でも、現代の戦争は国家の総力戦です。最近では、引き金を引く以外は、民間人が担当しています。イラク戦争では警備会社がよりすぐりの元軍人を集めて、重装備で戦場に送り出しています。戦争の民営化です。多くの日本の民間人が、民間人の身分のまま自衛隊とともにイラクへ行きました。ですから、重要なのは、戦争になったらどうするのではなくて、戦争そのものが違法であるという世論を国連憲章や日本国憲法の精神に立って進めていくこと。つまり、国連憲章や憲法9条の完全実施を迫る運動が今こそ重要だと考えています。
 ジュネーブ諸条約追加議定書における無防備宣言をするということは、戦争に巻き込まれないということではなく、当該地区は外国軍に占領され、その上で軍政、徴用などに対し、抵抗しないということを義務づけられています。つまり、無条件の降伏です。無防備地域の4要件の一つである敵対行為が行われないということは、戦争法ですから、武器使用を前提にしていることは当然です。ですが、基本的人権が守られるということではありません。戦争への抵抗、レジスタンス、こういうものは、容認できるわけがないという前提があります。また仮に、ジュネーブ諸条約追加議定書に沿って無防備都市宣言を行ったとしても、宣言され、かつその条件が守られている地域を攻撃してはならないということですが、その攻撃してはならないも、本当に守られるかどうかは、相手国側の判断に頼るのでしかないのであり、みずからの運命を相手国に託すことになるのです。国際法違反は戦争犯罪だと言っても、破壊された後、裁かれてもどうしようもありません。攻められたら降伏するという主張は、個人的なレベルでは良心的であり、平和的です。その判断や主張はあり得るし、厭戦気分や戦争非協力の雰囲気を持つ、それは個人の範囲ですが、一つの見識です。しかし、国民の生命、財産に責任を負う自治体として、政治家として、政党として、同調することはできません。これでは、国民から信頼されません。攻められない、紛争を起こさない外交が今の時代、国、自治体、そして政治の役割です。戦争が起こっているときでも、降伏せずに反戦抵抗を最後まで行う人たちは必ずいます。現に日本共産党の先輩たちがそうでした。しかし、無防備都市宣言を行った自治体、あるいは当局は、反戦運動を抑えなければならなくなるという事態に直面するのです。そこでは、反戦抵抗が無防備都市の最大の敵になります。
 日本共産党の戦前の先輩たちの活動は、国民を戦争に導いた勢力とのまさに命をかけた不屈の反戦の闘いの歴史でありました。朝鮮併合反対、中国侵略反対、軍隊の中にも反戦組織をつくるなど、生死をかけた闘いを行いました。治安維持法によって刑務所に入れられ、獄死した人もたくさんいます。しかし、戦争反対の旗はおろさなかったことを考えるならば、どんな状況になろうとも、戦争反対の声をみずから縛ることはできません。まして、戦争反対の声を上げるななどと言えるはずはありません。
 私たちは、この平和都市条例の運動と連帯することの道をさまざま探りました。一つは、議論の多いジュネーブ諸条約追加議定書に関する部分は削れないかということです。しかし、この部分が中心であるということでした。これでは、通常の市民運動ではなく、客観的には政党、会派に対して、非武装中立論どころか、自国非武装、占領軍武装、服従論の方針を認めろと迫っていることになります。ジュネーブ諸条約追加議定書を活用してと言いながら、国立市の平和都市条例の条文は59条の2項の中心部である、紛争当事者による占領に対して開放されるものの文章が削られています。本来、当局または住民により敵対行為が行われないことの項目では、4、国立市は敵対行為は認めないとして、住民が外されています。ジュネーブ条約と言いながら、違う文章を入れてくる、これだと、ジュネーブ条約追加議定書に沿うことにはなりません。そもそも戦争を前提としている条約を、平和のために活用することに根本的な意見の違いがあります。平和運動に意見の違いがあるものを持ち込み、これを承認するよう求めることは、平和運動に混乱をもたらすものではないでしょうか。形骸化している戦争、非武装主義の平和憲法を地域から回復する運動であるという主張もありますが、今最も大事なことは、憲法9条を守り、完全実施を迫ることだと考えています。確かに憲法はたび重なる解釈改憲で、攻撃を受けています。しかし、海外での武力行使の歯どめになってきたのは、憲法9条、とりわけ戦力保持の禁止と交戦権の否認を定めた憲法9条2項です。戦後政府は、憲法に背いて自衛隊について、我が国の自衛のための必要な最小限の実力組織であり、憲法9条が禁止している戦力には当たらないことを建前としてきました。政府は、この建前からくる結論として、武力行使を目的とした海外派兵、集団的自衛権の行使、武力行使を伴う国連軍の参加は、憲法上許されないということを公式の見解としてきました。憲法9条2項を改変し、削除し、自衛隊の保持などを書き込んだ途端に、この歯どめは取り払われてしまいます。アメリカの先制攻撃の戦争に参加することが自衛隊を戦争のできる軍隊にし、日本を戦争をする国につくり変えること。ここに憲法9条改悪の核心があります。憲法の改悪を許してはなりません。日米同盟や憲法改悪は世界的には全く逆流でしかありません。
 世界では、憲法9条の評価が高まっています。2005年7月ニューヨークの国連本部で世界118ヵ国のNGO団体が参加して行われたGPPAC、武力紛争予防のためのパートナーシップの国際会議が採択した世界行動宣言では、世界には規範的、法的誓約が地域の安定を促進し、信頼を増進させるための重要な役割を果たしている地域がある。例えば日本国憲法9条は、中略、アジア太平洋地域全体の集団安全保障の土台となってきたと9条を平和の土台として評価しています。先立って、2月採択されたGPPAC、東北アジア地域行動宣言では、9条の原則は普遍的価値を有する。北東アジアの平和の基礎として活用されるべきだと述べています。2005年パリで行われた国際民主法律家協会の16回大会決議では、9条についての決議で、人類は戦争のない21世紀をつくることを悲願としており、その悲願は、9条にあらわされた法的な原理に支えられるとしており、9条は人類に与えられた贈り物としています。2004年7月アメリカの平和のための退役軍人会が採択した決議、危機に瀕している日本国憲法9条を支持するでは、9条が戦争による支配を法の支配に置きかえる地上の生きた模範であるとしています。こうした動きの背景には、国連憲章に基づく平和の国際秩序を目指す地球規模での高まりがあります。また、アメリカを中心とする軍事同盟体制が世界規模でも、アジアでも、その多くが解体、機能不全、弱体化に陥り、それにかわって、仮想敵国を持たない平和の地域共同体が広がるという世界の大きな変化があります。戦後日本国民が憲法9条をつくった際、そこには日本が再び戦争する国にはならないという不戦の誓いとともに、戦争放棄と軍備禁止という恒久平和主義を極限まで進めた道に世界に先駆けて踏み出すことで、戦争のない世界への先駆けになろうという決意が込められています。
 戦後60年を経て、国際政治の現実が9条の掲げた理想に近づいてきました。私たち日本共産党は、日本国憲法が形骸化してしまったとか、単なる非戦、非武装主義であるとの考えにくみするわけにいきません。今大事なことは、戦争する国にするために憲法を変えようとする動きに対して、憲法9条改正を許さない国民の世論と運動を大きく広げることです。国民多数が改憲に反対と言えば改憲はできません。海外で戦争する国づくりという改憲の本質が伝われば、国民多数の結集は可能です。そのことに確信を持って、9条を守る運動を発展させることが必要と考えます。そのことが戦争を許さないことに結びつくと考えます。
 私たちは、国立市平和都市条例については、必要だと思っています。しかし、法的根拠を議論の多いジュネーブ諸条約追加議定書や戦争を前提とした国民保護法第7条に求めるのではなく、戦争そのものを違法とする国連憲章や世界の平和を自国の平和の保障とする積極的な平和主義の日本国憲法こそ根拠とすべきものと考えます。
 今回の平和都市条例については、運動を行ってきた多くの方々とは、わかり合えるところもたくさんありました。これからももっと互いの違いを認め、尊重して、共同で平和運動を進めることは可能だと考えています。日本共産党は、引き続き多くの市民の皆さんと一緒に平和を求める運動に取り組んでいく決意です。日本共産党市議団は、今回提案されている平和都市条例案については、運動に参加された多くの市民の皆さんの平和を求める思いを受けとめ、反対はせず、そのため採決に加わらず、退席することといたします。

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